<P1> 第43回 視覚障がい乳幼児研究大会 大阪大会 【大会プログラム】 10:00~10:10  開会式                                      10:10~12:00 基調講演 講師:氏間 和仁氏(広島大学大学院 人間社会科学研究科) 「弱視の幼児児童の視知覚発達を考える」 12:00~13:00  休憩 13:00~15:00  実践報告「地域支援の実際について」 実践報告① 森 雄作(福岡市立心身障がい福祉センター) 「福岡市立心身障がい福祉センター視覚障がい児部門における地域支援に ついて」 実践報告② 古川 千鶴・廣瀬 亜紀子(京都ライトハウス あいあい教室) 「あいあい教室における地域支援の実際について」            15:00~15:15  休憩 15:15~16:15  口頭発表 発表① 薬袋 愛(山梨県立盲学校 Eye愛ひとみ相談支援センター) 「乳幼児に対する地域支援」  発表② 富川 佳奈子(保護者) 「尚樹を育ててよかったと思える理由」 発表③ 高橋 基就・赤井 愛(大阪工業大学) 「音と光による海中探検の試み」       16:30~16:45  閉会式 17:00~17:30  総会 <P2> 基調講演 『弱視の幼児児童の視知覚発達を考える』 氏間 和仁(広島大学大学院人間社会科学研究科) 1 弱視の視知覚の特性  弱視の幼児児童を対象にした視覚認知に関する研究を外観し,弱視の児童生徒を効率的・効果的に「見えないものまで見える段階」(第三段階)に到達させることの重要性とそのためには精確で豊富な視覚表象の獲得が重要であることについてお話しします。 2 弱視の幼児児童の視知覚発達を支える指導  第三段階に到達させるために必要な環境(主に拡大,コントラスト,速度の調整)と関わり方(見えにくいことを前提に関わる視点)についてお話しします。 3 事例  広島大学大学院人間社会科学研究科附属特別支援教育実践センターの利用者の事例をご紹介します。 4 まとめ  精確で豊富な視覚表象の形成を促し,効果的で効率的に第三段階に到達させる環境について考えます。 <P3~P5> 実践報告① 『福岡市立心身障がい福祉センター視覚障がい児部門における地域支援について』 森 雄作(福岡市立心身障がい福祉センター 視覚障がい児部門 児童指導員) 1.視覚障がい児部門の紹介 視覚障がい児部門では、0歳から就学前の視覚に障がいのあるお子さんを対象としています。全く見えない状態(全盲)からメガネやコンタクトレンズを装用しても両眼の視力が0.3未満の弱視など、個々の見え方に応じた指導を行っています。療育形態は親子通園と外来療育があります。 その他、視覚障がいに関する施設支援や啓発事業を行っています。 【親子通園】 親子での遊びや小集団での活動、生活面について、見え方や発達段階に応じた指導を行い、お子さんの発達支援や保護者の方への子育て支援を行っています。 ●対象:1~2歳児 ●頻度:週に1~2回 ●内容:親子での遊びや小集団の活動生活面の指導 ※親子通園は、児童福祉法による「障害児通所支援」の 「児童発達支援」として実施しています。通所に際して は、受給者証の手続きやサービス利用料が必要となります。 【外来療育】 個別に、お子さん一人ひとりの見え方や発達面に合わせた活動、生活上の工夫などについてのアドバイスを行っています。 ●対象:0才~就学前までの視覚障がい児 ●頻度:月1~週1回程度 ●内容:見え方に応じた発達支援、見え方の評価、補助具の活用訓練、育児や進路・福祉制度などの情報提供 2.地域支援ついて (1)訪問支援 児童発達支援センター(知的・肢体不自由)特別支援学校、福岡市内の保育園などへ施設を訪問しての出張保育、環境整備、助言、カンファレンスなどを実施しています。 (2)つくしんぼセミナー 保育園や幼稚園・通園施設の職員や学校・行政関係者を対象に、視覚障がいの子どもたちを理解し、関わり方や支援の方法を学ぶ講座「つくしんぼセミナー」を毎年開催しています。R3年度は、 25施設43名の参加がありました。福岡市内だけでなく市外からも多くの参加があります。当部門の在籍児が通っている保育園・幼稚園・施設の職員の方以外にも保健師や行政職員などの参加もあります。セミナーでは、視覚障がいに関する講義だけでなく、シミュレーションレンズを使用して、見えにくい状態を疑似体験してもらい、お子さんの視点に立った支援を考えるきっかけづくりを行っています。また、情報交換会では、各々の施設での悩みや対応法について意見やアイデアを出し合い、一緒に考える機会を設けるようにしています。 (3)施設訪問による視機能評価 視力について、「うちの子、どのくらい見えているのかな?」「3歳児健診で上手く視力が測れなかった」という声が多く聞かれます。視力の発達には、感受性の高い時期があり、早期発見・早期療育が非常に重要です。視覚障がい児部門では、発達障がいや肢体不自由などにより視力検査が難しいお子さんに対して、通園施設や特別支援学校に訪問して、視機能評価や相談・助言を行っています。障がい特性や発達段階に合った検査道具や方法など工夫しながら評価を行っています。 ・子どもの障害や発達特性に合わせて、森実Dot Card、TAC、ランドルト環、リー・シンボルカードの4種類の視力検査の中から適した検査道具を選定し、視力の評価を行います。4種類の検査道具では反応が得られない子どもについては、ペンライト等の光刺激、コントラストや色調に配慮した手作りのグッズを用いて行動観察し、評価を行います。 ・R1年度は障がい児通園施設へ24回、特別支援学校へ2回、9施設のべ331名に視覚評価を行いました。視機能評価へのニーズは大変高いです。 ・通常の方法での検査が難しい知的障がいや肢体不自由などのお子さんへ見え方の評価をおこなうことで、視覚的な問題の早期発見につながっています。 ・市内の通園施設と肢体不自由の特別支援学校に対して行っていますが、依頼があれば市外の施設等へも対応しています。 ・評価の結果を書面で保護者に開示し、必要に応じて普段の様子や眼科受診歴等を聴取した上で医療機関への相談を勧めています。また、子どもの視力の発達や視力検査の方法、眼科受診のタイミング、眼鏡装用についての保護者学習会を行い、乳幼児期の視覚管理の重要性に対する啓発を行っています。 ・個別評価終了後、施設職員に対しては、結果についての情報提供や室内の環境整備、眼科受診の必要性等についての助言を行っています。また、眼鏡装用や片眼遮蔽(アイパッチ)訓練を行っているが、感覚過敏や慣れにくさなどにより、上手く行えていないケースに対しては、眼鏡やアイパッチの必要性や取り組む際のコツについてまとめた資料を配布し、助言を行っています。 <P5の終わりに、表あり> 「過去5年間の児童発達支援センターにおける視機能評価の実績」 <P6~P10> 実践報告② 『あいあい教室における地域支援の実際について』 古川 千鶴・廣瀬 亜紀子(京都ライトハウス あいあい教室) (1)あいあい教室の紹介 京都ライトハウス「あいあい教室」は1954年に発足しました。「視覚障がいの子どもをどう育てていいのかわからない・・・」という1組の親子が相談に来られ、何とか力になれないかと対応したのが始まりでした。今は、0歳の赤ちゃんから就学前の視覚に障がいや不安のある子どもたちのための親子教室(児童発達支援)と、小学生から高校生の視覚障がい児を支援する(放課後等デイサービス)を主な事業として行っています。あいあい教室では、 ・子どもたちへの丁寧な療育 ・保護者や家族への支援 ・地域支援   を柱に、事業を行っています。 【ご利用のしおり 2021年度より抜粋】 通園プログラム(児童発達支援) 〈午前グループ/月曜・火曜・金曜〉※月・火曜は13:15降園 <表あり> *課題遊びでは、歌や楽器遊び、手指の操作、目と手・身体との協応を促す遊び、視覚活用を促す遊び、感触遊び、リズム運動や運動遊具等、それぞれのペースに合わせて先生やお友達と遊びます。 〈午前グループ/水曜・木曜・土曜〉 <表あり> *課題遊びでは、手指操作、目と手・身体との協応を促す遊び、リズム運動や運動遊具等、それぞれの課題に合わせて取り組みます。また必要に応じて、点字や視覚補助具(単眼鏡・ルーペ他)の使用練習等を行います。 〈午後/月曜~土曜〉 <表あり> 年間行事予定 前期 4月5日(月) 通園始まり 6月17日(木) 視覚障がい疑似体験① 19日(土) 視覚障がい疑似体験②   23日(水) 視覚障がい疑似体験③ 8月29日(日) お父さんたちと遊ぼう会 9月~     前期個別懇談 後期 10月 親子遠足、ライトハウスまつり 11月 眼科学習会     視覚障がい乳幼児研究会(大阪大会/オンライン開催)★保護者も参加できます 12月19日 (日) クリスマス会 1月下旬~ 後期個別懇談、あい・らぶ・ふぇあ 3月下旬 卒園を祝う会 (2)あいあい教室での視覚障がい疑似体験会について (保護者と並行通園先の先生向け) 【目的】 あいあい教室では1995年から毎年、保護者や並行通園先、関係機関の先生方に来ていただいて「視覚障がい疑似体験会」を行っています。 私たちの生活の中で、視覚からの情報や見て理解していることはたくさんあります。見えない見えにくい子どもたちは、周囲の状況をどのように感じ理解しているのか、身近な大人はどう接していけばよいのか。実際に、子どもの生活や遊びを交えた、見えない見えにくい体験をすることで「視覚以外の感覚を駆使したら、こんな情報が得られた」「こんな配慮があれば安心できた」など、視覚障がいの理解を深めたり改めて気づいたりする機会にしたいと考えています。子どもたちへの理解を深め、より良いサポートの輪を築いていくことを目的としています。 ◆<日程>  開催時期は、新年度が始まり少し落ち着いてきた6月頃です(昨年と今年度は、新型コロナウイルス感染拡大防止のため11月に延期)平日に2日間、土曜日に1日の合わせて3日間行っています。 ◆<過去5年間の参加人数> 2016年  並行通園先/関係機関  23カ所28人   保護者  30人 2017年             29カ所40人        39人 2018年              31カ所43人        33人  2019年              47カ所65人    38人 2020年              21カ所21人   保護者の参加なし ※2020年は、新型コロナウイルス感染拡大防止のため並行通園先/関係機関の先生方のみ体験。 ◆<当日のスケジュール> 平日 10:15~オリエンテーション(体験の目的と流れの説明) 10:30~アイマスクやシミュレーションレンズを用いた体験 11:50~休憩 12:15~アイマスクでの食事体験 13:30~あいあい教室見学兼交流 14:30終了 ※2020年度は、新型コロナウイルス感染拡大防止のため食事体験なし。 ◆<全盲の体験> アイマスクをしての移動、探索の体験 手引き体験 実際に触って知る経験 声掛けや言葉による説明 ◆<弱視の体験> シミュレーションレンズ(それぞれの児童の見え方に合わせた眼鏡)を使用をした体験 絵本の読み聞かせ シール貼り等、机上の操作 単眼鏡やiPad、ルーペを使って見る体験 ◆<食事体験> アイマスクやシミュレーションレンズを用いた食事体験 食事や食事道具の工夫や方法の紹介 ◆<あいあい教室見学> あいあい教室の環境・玩具・教材他の紹介 並行通園先、関係機関の先生方の交流  ◆<体験後の感想> ・見えにくいことで聞こえ方も変わり、その子の楽しみや心地よさも大きく変わることがわかった。遊びの面から楽しみや安心を増やしていきたいと思った。 ・アイマスクをすると部屋の空間が広く感じたり、音や感触等をしっかり確かめないとわからなかったりと不安が大きいことがわかった。 ・簡単な言葉がけだけでは、目が見えない子どもにとってすごくわかりにくいことを知り、言葉を使って伝えることを大切にしていきたいと思った。 ・他園の先生と話せたのも良かった。 ・絵本の読み聞かせでは思っている以上に見えにくく、子どもが集中できなかった理由がわかった。相手の表情が見えにくい分、声の高さや優しく声をかける大切さに改めて気づいた。         (2020年度「視覚障がい疑似体験会」のアンケートより抜粋) (3)地域の保育園での職員向け研修会について ★事例紹介(保育園で職員研修の一環で位置づけ) 保育園の教室・廊下・靴箱などを使い、子どもたちが普段行う遊びや生活動作の一部を、子どもに合わせた見え方のアイマスク/シミュレーションレンズなどを使用しながら先生方に体験してもらいます。保育園で行うことで、多くの先生方がリラックスした雰囲気の中で参加できます。子どもの見え方や気持ちを想像しながら、どんなふうに関わったら分かりやすいかなど、先生同士で交流する機会にもつながります。 (4)その他の実践 ★事例紹介 ①あいあい教室が遠方で普段通園できない、京都府内の子どもたちに対する訪問支援 ②京都ライトハウスに近い児童館での啓発企画(子ども向け視覚疑似体験会) (5)まとめ  子どもたちの生活している地域は、一人一人違います。私たちも足を運ぶことや園の先生方と交流することで、改めてわかることや実感できることがたくさんあります。地域の園と『連携』していく上で大切なことを考えてみました。 ・保護者ともコミュニケーションをとる中で、園に対する思いや希望することなどを聞いておく。  →就学前に、地域の子ども同士の関わりを求める保護者は多い。 ・園の保育方針や環境を踏まえたうえで、配慮できることや理解につなげられることを考えながらアドバイスを行う。あえて「指導する/教える」姿勢が出すぎないように、お互いがリスペクトしあえる関係性を築けるようにする。  →専門機関というハードルを下げて、お互いが気負わずに話ができるように。 ・あいあい教室と地域の園との関係性ができてきたタイミングで、あえて保護者から園に聞いたり伝えてもらう機会を作る。  →今後、保護者が地域や学校とやりとりできることを見据えて。 以上のことなどを考えながら、日々の実践につなげていきたいと思っています。 <P11~12> 口頭発表① 『乳幼児に対する地域支援』 薬袋 愛(山梨県立盲学校 Eye愛ひとみ相談支援センター)                                     1 山梨県立盲学校の概要 県内唯一の盲学校であり、全校体制でセンター的活動を支えていることが大きな特徴である。 2 地域支援を担う校内分掌「Eye愛ひとみ相談支援センター」の概要  1.校内分掌「 Eye愛ひとみ相談支援センター」   役割:地域支援に関する企画運営を行う   構成員:5名   (幼,小,中高,高理療科の各学部と寄宿舎より 各1名)    全員が学部等に所属し、主任以外は担任と兼任している。    相談加配として1名が配置され、全校でプールしている。    週25時間の後補充(時間加配)がある。  2.教育相談活動の形態    初回相談、継続的な教育相談や小中学校在籍の弱視児支援、眼科との協働等、6形態で実施している。 3 乳幼児への支援形態  1.乳幼児個別教育相談:『あいあい教室』 週1回や月1回等来校による教育相談  2.集団での活動:『つぼみ教室』(月1回)、『親子学習会』(年2回) 4 あいあい教室での指導の実際  1.初回相談から実態把握:視覚の実態、発達の実態についてのアセスメント  2.乳幼児への指導の重点  3.指導計画の作成:指導内容表の活用・おもちゃや教材の選定活用  4.指導の実際  (1)事例1 Aくんの超早期(2ヶ月)からの教育      定型発達における視行動の発達の基準をふまえ、スモールステップで外界への興味を引き出す指導  (2)事例2 小学校での学習へ向けたBくんの取り組み      地域の在籍園との連携のもと、「見えにくいから苦手」なことを克服し、小学校の学習の基礎となる「目を使う力」を伸ばす指導 5 まとめ   早期発見・早期視覚障害教育により「自分でできる」喜びを感じる体験の大切さ <P13~15>パワーポイント資料 <P16~19> 口頭発表② 『尚樹を育ててよかったと思える理由』 富川 佳奈子(保護者)  1.プロフィール ・先天性の白内障、緑内障、無虹彩症により弱視(中学3年生まで)。それ以降眼疾の悪化により現在は全盲。 ・幼稚園から中学校までは地域一般校、筑波大学附属視覚特別支援学校高等部、筑波技術大学保健科学部情報システム学科を卒業、東京の企業に勤務。  2.乳幼児のころ ・生後すぐに2回の手術を受ける。ソーシャルワーカーから障がい児であることの宣告を受けた。筆舌に尽くしがたい絶望感にさいなまれ、どのようにして我が子を育てていこうか悩んだ。 ・子育てを始めるも、離乳食が進まず長い間フォローアップミルクを飲んでいたり、音に過敏なために木々のざわめきや掃除機の音で号泣。何かされるのではないかという警戒心からいつも泣いていたが、その原因は見えにくいために何が起こっているかを理解出来ずにいたのだなと気が付いた。それからは身の回りの音のみならず、自然の情景や人々の動き、街の喧騒の様子など詳細に説明をし、ひとつひとつ何度も教えているうちに泣いたりしなくなった。着替えやおむつ交換、歯磨きの時にはいつも決まったテーマソングを歌ったり、公園へはまぶしさで目が開けられなかったためいつも夕方に行ったりなど、常識にとらわれない子育てを楽しもうと考えた。  3.あいあい教室 ・1歳ごろからあいあい教室に通園。精神的に孤独だった私達にとって週一回の登園は親子ともに同じ境遇を抱える仲間に出会い、悩みを分かち合うことが出来、心身ともに癒される無くてはならない場となった。 ・療育の中で初めてのことに挑戦するたびに嫌がり泣いてたが、回を重ねるとあいあいが大好きになり、お帰りの時間を過ぎてもいつまでもプレイルームから離れたがらなかった。私にとってもあいあいは「視覚障がいがあっても我が子の人生を創っていける」という大切なことを学んだ。  4.公立幼稚園へ入園 ・近所の幼稚園に入園させようと考えていたため、入園の1年前より未就園児対象の園開放日に地域(ほかの親子や先生方)に弱視児がいることを啓発することと、1日も早く場に慣れさせることを目的として毎週親子で通園した。実際の入園に向けてあいあいの先生にも同行いただき、園長に入園時の工夫について話をしていただいた。 ・見よう見まねが出来ず人と同じ遊びができないなどの不安もあったが、時間を追うごとに自分なりに遊べている姿を見て一般の小学校での教育を考える展望が広がった。  5.小学校生活 ・「弱視通級指導教室・通称アイリス教室」を併用。学級担任、アイリス担当と保護者の三者で回す連絡帳を活用し、毎日の時間割を見ながら心配事を相談したり考えられる工夫を提案したりした。アイリス教室の先生がクラス替えのたびに他の先生方やクラスメイトに弱視児の存在や補装具についての話をしてくださったことで啓発になったと思う。 ・学習において、視覚障がいのせいで勉学の取りこぼしがあってはならないとの強い思いから、家庭ではノートの罫線を太く濃くしたコピーを貼りつけて漢字や計算ドリルに取り組みやすくしたり、読速度が遅いため学年が上がるにつれて家庭での宿題サポートなどを徹底したり、文章量に対応するためロービジョン外来に出向き、読速度が最大になる文字のポイント数や最大視認力が発揮できる補装具の倍率を調べ、ルーペや単眼鏡を入手し効率よく学習できる環境を整えた。 ・勉強だけでなく弱視だからこそ様々な経験をさせたいと思い、習い事や家族でのレジャーに積極的に連れ出した。また放課後に友人と遊ぶときはいつも我が家に連れてきて、拡大読書器にゲーム画面を映して皆と同じゲームに興じたり、テレビの真ん前に立ちはだかる尚樹の後ろから皆が見るという弱視特別ルールを理解してもらった。私は子ども時代の柔軟な頭のうちに身近に障がいのある人と接することは、その子の考え方や成長のなかでとてもプラスになるのではと考え、積極的に尚樹の特性を周りの子たちに伝えた。 ・高学年になり尚樹自身も周りとの違いを自覚し始め、特別な配慮をうっとうしく思うようになったのか「自分とは何者か」について聞いてくるようになった。 親として何と言えばいいかと悩んだが、望まれて産んだこと、目の手術を二回乗り越えたこと、今日少しでも見えていることが奇跡だということ、あいあいや病院の先生など他の人よりも多くの方々に支えられて大きくなってきたこと、そして何よりもママは尚樹が大好きでどんなに苦しくても何があっても応援することなどを必死に訴えた。成長につれて何度か反抗の波はやってきたが、そのたびに一生懸命育てていることを伝え、本人の悔しさや理不尽な思いをじっくりと聞いてやると、徐々に自分について理解し、やがて困難な障がい受容をし始めるに至った。  6.中学校生活 ・入学前に本人と私、そして中学校側の学年主任や教科担任の先生方との顔合わせを行った。眼疾の説明、シュミレーションメガネでの見え方の体験をまずしていただいた上で、声を出しながら板書をして頂くことや、プリントの拡大、定期考査は時間延長で拡大読書器を持ち込み別室受験することなどたくさんの配慮を了解して頂いた。また入学後もさまざまな場面で先生方やクラスメイト、本人を交えて話し合いをし、どうすれば参加できるか、こんなことなら出来るなどのアイデアをすり合わせ、学校行事にはすべて参加することが出来た。 ・家族も本人も弱視で一生過ごすものだと考えていたが、ある日眼疾の悪化により視力が急激に低下した。主治医には現在の医学では手立てがないと言われ、誰もが途方に暮れた。でも、一番つらいのは尚樹。墨字が読めない学校生活、あれもこれも出来なくなっていくという絶望感。私はそれでも前へ進まなくてはとの思いから、中学との面談を重ね支援の先生を依頼したり、盲学校での放課後点字指導に通ったり、音声パソコンを習いに行ったりと、泣いている暇が無いほど親子で奔走した。私自身も受け入れ難い現実だったが、尚樹のメンタル面を安定させることを最優先にした。 ・全盲になり、点字に切り替える必要性があったことと、見えなくてもきちんと高等教育を受けさせたいと考え、唯一の国立盲学校である筑波大学附属視覚特別支援学校を受験した。当時墨字も点字も読めなかったため、口頭試問という形式での受験。過去問を勉強する際は、読み上げた問題を頭の中だけで整理し、口頭で回答する訓練をした。図形や地図などはレーズライターに写し取り、指で触りながら把握する方法をとった。  7.高校生活 ・東京に若干15歳の我が子を手放すことになった私には、言葉では表現できないほどの葛藤があった。見えなくなってまだ時は浅く、点字もままならないうちに、学校生活と勉強、起床や身支度、洗濯掃除などの身辺自立、寄宿舎での共同生活を送ることは、大変だと容易に想像が出来た。独りで大丈夫だろうか、本当にこれで良かったのだろうかと心配は尽きなかった。 ・参観日や文化祭などで東京に様子を見に行くたび、点字の上達や生活の知恵を習得し、何より工夫して見えずとも出来ることが増えているように見て取れた。本人を盲学校という視覚障がいに特化した教育環境の中に3年間身を置いたことで、手放した日には思いもしなかった、彼が健常者である家族や兄弟には理解し得なかったであろう悩みや苦しみを分かち合うことが出来たり、さらに見えないということに動じず生き生きと活躍している先輩方や仲間たちに出会うことが出来たりと、もがきながらも勉学のみならず、見えなくても生きる、という方法や考え方を学んで人間的に成長している姿を目の当たりにして初めて、この選択は正しかったのだと私自身に言い聞かせることが出来た。  8.大学生活 ・国立大学法人筑波技術大学保健科学部情報システム学科に進学。プログラミングなどITを学びながら、好きな音楽のサークルや、あいあい教室でのボランティア、アイリス教室での講演、ベルギーへの研修旅行、学内の盲ろう学生への指点字支援など、自分の力を試すがごとく様々な活動に打ち込んでいる様子を見て大人になってきたなと嬉しく感じた。 ・インターンシップや教育実習に行き、また就職活動では社会の厳しさに打ちのめされながらも必死に内定を勝ち取る姿を見て、親として「もう大丈夫だな」と率直に安心した。  9.「尚樹を育ててよかったと思える理由」 ・障がいがあったがために、通常の親子よりももしかしたら濃密な時間を過ごせたことへの感謝。 ・見えないということをものともせず、精神的にたくましく育ったことを実感し、この子を産んで育てたことは本当によかったと感じている。私自身も親として、人間として一緒に成長させてもらえたことが幸せ。 ・産んだ時にはどうすればよいかわからずうろたえていたが、紆余曲折を経て育て上げたことが私の自信になった。前向きに生きている尚樹をとても誇りに思う。 <P20~22> 口頭発表③ 『音と光による海中探検の試み』 高橋 基就・赤井 愛(大阪工業大学) 1.背景と目的 盲児にとって理解困難な概念として、立体的空間認知に加え「魚がスイスイ泳ぐ」など触れて理解することが困難な情景が挙げられ、水族館においても水槽の中の光景を楽しむことは難しい。そこで本研究では『深海エレベーター』として、魚がスイスイ泳ぐ、クラゲがふわふわ漂う、魚の群れが近づき去っていくといった情景、徐々に深くなる海に潜っていくといった体験を、立体的に構成された音と光で実現する空間型教材を制作、提案する。 光の届かない深海を題材とすることで、晴眼児と視覚障がい児が同じ条件で体験し、共に楽しみながら海洋生物の多様な動きをイメージすることができる内容となっている。 2. 『深海エレベーター』の構成 現在、水族館を中心に、アルコール標本やプラスチネーションなどを活用し、触察によって魚の形態的特徴を捉える教育の取り組みがなされている1)。これらは形態の理解という面において非常に重要である。本研究ではそういった取り組みの次のステップとして、海洋生物の“動き”を聴覚でイメージすることができるよう、左右から近づいてくる、遠ざかっていくなど、海洋生物の遊泳の動きを音像の定位によって表現する方法を試みた。 2-1.ストーリー 『深海エレベーター』は、暗幕で囲われた一辺1.2m(約3m×3m)の八角形のブース(図1)をエレベーターに見立て、深海に潜っていく中で様々な生物に出会うイメージを音と光で表現している。 様々な海洋生物の動きのイメージとともに、それらの生態についても楽しみながら知ってもらうことを目指し、約8分間のストーリーを制作した。案内役として博士と助手の2人が登場し、そのセリフを通して海洋生物の生態を教えてくれる。場所は南極にあるポーレット島とし、地上から水深3000mの深海を目指す。その道中に現れるクロカムリクラゲ、ナンキョクオキアミ、アデリーペンギン、ハダカイワシ、ダイオウイカ、マッコウクジラが「登場生物」となる(図2)。各登場生物の動きのイメージ、またエレベーターが深海へ潜っていく感覚を音像により表現する。 2-2.登場生物の表現方法 本研究では、参加者に海洋生物の大きさやスピード感、動きを想起させるため、実際に潜水した際に聞こえてくるリアルな音源ではなく、各登場生物のイメージに合わせ抽象的に表現した音源を制作、使用している。まず各登場生物が遊泳している映像を参考に、深海エレベーターにおける動作、音のイメージを設定する。それを元に、音楽作成ソフトで登場生物の特徴を抽象的に表現した音源を制作した。例えば、キラキラ発光するハダカイワシの大群が目の前を横切る様子を、「シャラララ…」と鈴が一斉に鳴るような音色で表現している。 2-3.使用機材 深海エレベーターでは、海洋生物のダイナミックな動きを、音の移動でイメージできるようにするため、平板スピーカを活用している。平板スピーカとは、平面波を放射することで狭指向性を実現した薄型スピーカである。音の減衰が少なく、指向性が強く周囲の音と混ざりにくいため、音像を感じやすい。これを八角形のブース内、向かって正面の垂直方向2本のフレームに6台、水平方向のフレームに10台の計16台を配置することで、下から上に上がっていく水泡の動きや、参加者の周囲を横切る海洋生物の動きなどの表現を可能とした。また、エレベーターの動作音など環境を表現する低音は、ブース内に設置したボックススピーカ4台で表現している(図3)。 3.ワークショップによる検証  本研究による学びの可能性を検証するため、2021年10月に京都ライトハウス『視覚支援 あいあい教室』の協力を得て、深海エレベーターを体験するワークショップを実施した。魚の形態的特徴の把握ののち、魚をはじめとする海洋生物の海中での様子の理解につなげることを目的に、沖縄美ら海水族館による触察ワークショップとの同時開催を試みた。  沖縄美ら海水族館によるワークショップでは、年中~年長児4名を対象に、サメやコイのアルコール標本に触れながら、基本的な形態、泳ぐ姿勢や呼吸の仕組みなどについて約60分間のレクチャーを通して学びを深めた。その後、4名は深海エレベーターのブースへと移動し、音と光による深海のイメージの旅を体験した。上映中はナンキョクオキアミの群れに飛び込むアデリーペンギンの音像を追いかけ、ハダカイワシの群れの動きに歓声を上げる子どもたちの姿が見られた(図4)。 4.まとめと今後の課題 本研究では視覚障がい児と晴眼児の双方が楽しむことができることを目的とする、海洋生物の動きのイメージを感じることができる体験型ブースを制作、提案した。平板スピーカを使用し、登場生物が参加者の周囲を自在に泳ぐ動きを表現することで、海洋生物の理解の一助となる可能性が示唆された。 一方で、現在の深海エレベーターは小学生以上を想定した内容になっており、幼児に対して没入感を高め、より楽しみやすい状態を作るためには、①魚の生態に対する基礎的な内容の教示、深海エレベーターについての解説を行う、②コンテンツ内、登場生物の生態を解説する台詞をより平易な表現とする、③8分間の上映時間をもう少し短縮することで、多様な状態の子どもたちが同時に楽しめるようにする、といった改善点を見出すことができた。今後は、これらの改善に加え、舞台となる場所や登場生物などをコンテンツのバリエーションを増やすことも検討していく。 1) 公益財団法人笹川平和財団海洋政策研究所,水族館との連携による視覚特別支援学校での授業,https://www.spf.org/opri/newsletter/348_2.html  (最終閲覧日2021年10月10日) <P23>資料 <P24 奥付> 発行  視覚障がい乳幼児研究会      会長   山本 利和 【事務局】   京都ライトハウス あいあい教室内     視覚障がい乳幼児研究会  事務局    〒603-8302    京都市北区紫野花ノ坊町11    TEL (075)462-4462    FAX (075)462-4464    E-mail info@abbc88.org